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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)1679号 判決

名古屋市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

熊田均

滝田誠一

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

川村和夫

太田千絵

主文

一  被告は、原告に対し、金四八二万六四〇五円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金七七一万〇六七五円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ

第二事案の概要

一  争いのない事実

1(一)(1) 亡B(以下「B」という。)は、平成二年○月○日死亡した。

(2) Bの相続人は、妻の原告、子の訴外C、訴外D及び訴外Eである。

(二)(1) 被告は、有価証券の売買等を目的とする株式会社である

(2) 訴外F(以下「F」という。)は、昭和六一年二月から被告の名古屋支店営業部に勤務し、有価証券取引に従事していた

2 被告名古屋支店には、昭和六一年当時、B名義の取引口座(以下「本件口座」という。)が存した。

3(一) 本件口座においては、昭和六二年五月一八日三菱商事ワラント一〇ワラント(以下「本件ワラント」という。)が代金七八九万〇二二五円で購入された。

(二) 本件ワラントは、平成三年五月二〇日代金六七万九五五〇円で売却された。

二  原告の請求の概要

1(一)  原告は、主位的には、本件ワラントの取引がBのものであるとし、その勧誘に当たって、Fによる適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断提供の故意又は過失による不法行為があり、被告には使用者責任(民法第七一五条)があり、原告は、遺産分割協議により、当該損害賠償請求権を取得したと主張し、後記2の損害賠償の支払を被告に対して請求している。

(二)  原告は、予備的には、本件ワラントの取引が原告のものであるとし、その勧誘に当たって、Fによる適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断提供の故意又は過失による不法行為があり、被告には使用者責任(民法第七一五条)があると主張し、後記2の損害賠償の支払を被告に対して請求している。

2  原告主張の損害

(一) 本件ワラントの売却差損 金七二一万〇六七五円

(二) 弁護士費用 金五〇万円

(三) 右(一)及び(二)合計額に対する訴状送達の日の翌日以降の民事法定利率による遅延損害金

三  争点

1  本件ワラントの取引の主体

2  Fの故意又は過失

(一) 適合性原則違反

(二) 説明義務違反

(三) 断定的判断提供

3  損害

第三裁判所の判断(甲第一号証、第二ないし第四号証の各一及び二、第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第九号証、第一一ないし第二二号証、乙第一ないし第五号証、証人G、証人H、証人F、原告本人尋問(第一回及び第二回))

一  事実経過

1(一)  B(明治四五年○月○日生)は、旧制○○商業学校を卒業後、昭和二一年ころから会社を経営しており、昭和六一年当時も代表者の地位にあった。

(二)  原告(大正一三年○月○日生)は、旧制高等小学校卒業後、昭和二三年○月○日Bと婚姻し、その後は、Bの経営する会社の経理を担当し、その役員にも就任していた。

2  Bは、昭和二五年ころから被告との間で有価証券の取引をするようになり、昭和三〇年ころからは、被告との間で、株式の売買も行うようになった。そして、原告も、その後B名義の本件口座を利用して、株式の売買取引を行うようになり、昭和六一年ころには、本件口座のB名義の取引のうち、三分の一程度は、原告がなした取引によるものであった。

3(一)  Fは、昭和六一年二月に被告名古屋支店に着任し、本件口座の担当者となり、同年五月一日にB方を訪れて、ダイキン工業の株式を推奨して購入を勧誘し、同日、Bから、同株式の購入の注文を受け、その後、本件口座において、頻繁に株式、転換社債等の売買の取引が行われるようになった(乙第一号証)。

(二)  昭和六一年五月一日にFがB方を訪問した後は、本件口座での株式等の売買の注文は、常に、原告がFに対して電話で行っていた。

そして、取引の態様は、Fの推奨で、購入後短期間で売却して売却利益を獲得することを目的とするというものであり、一回の売買取引の代金が千数百万円に及ぶ取引が頻繁になされ、一銘柄の売買で数万円から百数十万円の利益ないし損失が出ていたが、昭和六一年一〇月一日から同月三日までに購入された石川島播磨重工の株式合計三万一〇〇〇株については、同年一一月二六日に売却されたが、この取引では、金七八六万一八六二円の損失が出ている。

4(一)  Bは、昭和六一年七月ころには体調を崩し、名古屋市内の○○病院(脳神経外科)でパーキンソン病の疑いで投薬を受けた。

(二)  Bは、歩行困難を主訴として昭和六一年一一月二六日愛知県豊橋市内の○○整形外科を受診し、頚、胸、腰椎骨軟骨症との診断を受け、昭和六二年一月二二日まで、合計二二回にわたって通院し(初診後、同年一二月上旬までの通院日は、一一月二七日、同月二八日、同月三〇日、一二月一日、同月二日、同月三日、同月五日、同月八日である。)、投薬及びリハビリテーションの治療を受けた(甲七号証、証人G)

(三)  Bが、昭和六一年一二月二日に○○整形外科を受診した際に、付き添った原告から主治医のG医師に対して、Bが訳の分からないことを言い、昨夜のことを覚えていないとのぼけ症状の訴があり、同医師は、脳動脈硬化症の診断を下し、これに伴ってBに対する投薬も変更された。

5(一)  昭和六一年一月からは、国内においてワラント(分離型ワラント)が流通するようになり、本件口座においては、昭和六一年一二月五日住友不動産ワラント三〇ワラントが購入されたのを皮切りとして、昭和六二年五月八日積水ハウスワラント一〇ワラントが、同月一三日旭化成ワラント二〇ワラントが、同月一八日三菱商事ワラント一〇ワラント(本件ワラント)がそれぞれ購入されている(これらの購入価格、売却日、売却価格及び損益は、別紙ワラント取引一覧表記載のとおりである。)。

(二)(1)  Fは、昭和六一年一二月五日ころ原告に対して、住友不動産ワラントの購入を勧誘する際に、電話で、ワラントについて、株式とは異なり、値動きが大きいとの趣旨の説明をしたが、株式との相違点、権利行使期限及び外貨建ワラントの為替相場による値動きについての十分な説明はなされなかったため、原告は、ワラントについては、株式類似の商品と理解し、住友不動産ワラントを購入し、同様の理解をして、Fからの勧誘により、その後のワラントの購入の注文をした。

(2) 証人Fの証言中には、Fが昭和六一年一二月五日Bの経営する会社の事務所を訪れ、B及び原告と面会し、住友不動産ワラントを推奨する際に、ワラントは株式ではなく新株引受権であること、株式に比べて値動きの幅が大きいこと、行使期限がありこれを徒過すると無価値になること、為替相場の値動きの影響もあることを約一時間程度説明し、Bはその内容を理解し、Fに対して、ワラント取引における利益についての質問などもした上で、住友不動産ワラントの購入に同意したとの部分がある。

しかしながら、FがB及び原告と面談の上でワラントの説明をしたこと及びその説明内容については、なんらの客観的な裏付となるべき証拠もなく、原告本人尋問(第一回及び第二回)における供述中には右(二)(1)に認定したとおりの部分があること、Bの右4の病状(同月二日には、右4(三)のとおり脳動脈硬化によるぼけ症状が発現している。)に照らすとBがFの説明を理解して質問までしたとの趣旨の部分には多大の疑問があることを総合すると、証人Fの右の証言をたやすく採用することはできず、他に、Fが、B及び原告にワラントの説明をしたとの的確な証拠はない。

(三)  Fは、その後も、電話で原告にワラントの購入を勧誘し、右(一)のとおりのワラントの取引がなされた。

6  被告は、平成二年五月三一日付(甲第二号証の一及び二)及び同年一一月三〇日付(甲第三号証の一及び二)で、いずれもそのころB宛に外貨建ワラント時価評価のお知らせと題する書面を送付している。

7  Bの相続人の原告、訴外C、訴外D及び訴外Eは、平成三年一二月四日B名義で被告との間でなされた本件ワラントの取引について生じるすべての権利を原告が相続する旨の遺産分割協議をなし、その旨が平成七年一月三一日再確認されている。

二  本件取引の主体について

本件ワラントの注文は、原告が電話でなしていることは前記のとおりではあるが、原告本人尋問の結果(第一回及び第二回)によれば、Bが健在なときから、原告は、B名義の本件口座を用いる被告との間での取引について、原告が被告に対する注文一切を行うことをBから容認されており、本件口座の資金の三分の一程度は原告の資金が提供されていたことは認められるもののその詳細は不明であり、右の取引形態からすれば、本件口座における取引は、本件ワラントを含めてなお、Bに帰属する取引であり、原告は、Bの補助者としてこれに関与していたものと解して妨げないものというべきである。

三  Fの故意又は過失について

1  適合性原則違反

ワラント(分離型ワラント)証券は、行使期限の定めのある新株引受権のみが表象された有価証券であり、その価格は、株価を基準とした理論値(パリティー)と将来の株価変動についての期待についてのプレミアムから構成され、その値動きは、株価に連動しつつ、株式に比較して大幅なものとなっており、行使期限を徒過すると無価値となる危険もあるいわゆるハイリスク、ハイリターンの商品であり、投資家が自己の責任において、かかる危険を伴うワラントに投資するためには、一定の取引経験及び社会経験を有することが前提として必要というべきであり、かかる取引経験及び社会経験を有しない者に対してワラントの取引を推奨することは、いわゆる適合性原則違反として、民事上も不法行為を構成するものということができるが、適合性原則違反のみで不法行為となるのは、およそワラントについての説明を尽くしてもなお、その危険性を理解した上で投資判断を行うことが著しく困難な程度にまで取引経験及び社会経験に乏しい者が相手方となった場合に限られ、その余の場合は、投資家の適性に応じた説明が尽くされない場合にはじめて不法行為となるものというべきである。

そして、B及び原告が一定の投資経験と社会経験があったことは前記のとおりであり、両名とも高齢ではあるものの、なお、会社役員の地位にあったこと、FがBの病状についての知見を有していなかったことに照らすと、Fが本件ワラントを勧誘したこと自体については、右の意味における適合性原則違反が存したものとまで解することは困難である。

2  説明義務違反

ワラントの取引には、右1に説示したような危険があり、ことに昭和六一年ないし六二年当時は、国内におけるワラントの流通が始まって間もない時期であり、ワラントの権利の内容及び危険性についての周知性が極めて乏しい状況にあったことを勘案すると、証券会社の従業員が一般投資家である顧客に対してワラントの購入を勧誘する際には、ワラントの権利の内容及び危険性について、直接面談の上で、パンフレット等の説明用の書面を用いるなどして十分な説明をし、顧客の理解を確認するべき義務があったものというべきところ、FがBの補助者である原告に対してなした説明は、右一5(二)(1)にすぎず、不十分なものであったものといわざるをえず、この点について過失及び違法性があったものといわなければならない(したがって、証人Fが証言する程度の説明が仮になされていたとしてもいまだ十分なものとすることはできない。)。

3  断定的判断提供

本件記録を精査しても、Fが原告ないしBに対して、投資判断を誤らせるべき断定的判断要素に該当するべき具体的な事実を述べたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

四  損害について

1  Fの説明義務違反の結果、Bが本件ワラントを購入し、金七二一万〇六七五円の売却差損の損害を受けたことは以上により明らかである。

しかしながら、B及びBを補助していた原告の投資経験及び社会経験に照らすと、B側においては、投資についてのリスクについては一定の理解を有していたものというべきであり、ことに住友不動産ワラントの取引で一一日間で一〇〇万円以上の損失を被っていることを斟酌すると、被害者であるB側においても、ワラント取引の危険性を看過、軽視した過失があるものといわなければならず、これらを総合するとB側の過失割合は、四割と解するのが相当である。

したがって、本件ワラントの売却差損についての過失相殺後の損害額は、金四三二万六四〇五円というべきである。

2  右1の金額を前提とし、本件訴訟の難易度等を勘案すると、弁護士費用としては金五〇万円が相当である。

3  したがって、被告が民法第七一五条により原告に賠償すべき総損害は、金四八二万六四〇五円となる。

五  以上の事実によれば、原告の請求は、主文第一項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第六一条、第六四条を、仮執行の宣言について同法第二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する(平成一〇年一〇月一九日口頭弁論終結)

(裁判官 櫻井達朗)

〈以下省略〉

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